読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

lucciora’s diary

「詩人が詩を書くのは、自分と同じ言葉を話す人間を見つけるためだ。」ジャン・コクトー ーー言葉はどこまで「心」に近づけるのだろう。共感する魂を求めて、言葉の海へと漕ぎ出してみよう。 自分の心に響いてきた本、映画、表現など、備忘録的に書き留めています。どうぞよろしく。

メランコリアーそして、憂鬱の逆転

読書・備忘録

f:id:lucciora:20161217205646j:image

メランコリア。憂鬱。
今更ながら、シュタイナーの気質についての文章を読んでいて、以前から親しみのある一枚の版画を思い出す。

 

アルブレヒト・デューラーメランコリア
シュタイナーも、四体液説から、人間の気質について自論を展開していったようだが、この話はまた、ギリシャの宇宙を成す元素は何かという話とも、繋がっていくことだったなーと、改めて思い出す。

 

忘れたり、思い出したりの繰り返しだけれども、その時その時、自分の知りたいことにフォーカスが合っているから、以前とはまた違う視点で見ているのかもしれない。

 

学生時代、はじめはユングからの影響で、神話や神秘主義錬金術の本も結構読んだ。
人間の気質について四体液説も読んだけど、当時は4つでは単純すぎると思っていた。その点、占星術のほうがよりデリケートな解釈が出るので面白いと思っていた。


けれど、デューラーのこの版画は、ずっとイメージが残っていて、メランコリアという言葉も注視していた時間が長かったんだろう。
やはりデューラーの作品の力がある。


…私、まさに憂鬱質なんだな。と思う。
占星術的にも、憂鬱を示す土星が第1室に入ってるし。逆に自分を示す太陽は12室だし。
もちろん、4つの気質が混ざり合っているわけだけど。

 

けれど、今更、なのでデューラーの「メランコリア」の絵をよくよく見てみれば、そうだ、あの頃もよく考えたことを再認識できる。


このメランコリアの示す可能性とは、つまり自分が最も「重い」ものに、重力に、支配され束縛されている(という認識をもつ)者が、知性や自己認識や思索によって、高く、自由な、広がりの次元を識る可能性も示しているのだ。

 

アルブレヒト・デューラーメランコリアについて、若桑みどりさんの講義から、詳しく書き留めているブログがあって、面白かった。

http://blog.goo.ne.jp/masamasa_1961/e/81f32a463b176da027022eaa01a94b7d